突然ですが、ちょっと想像してみてください。
あなたは患者さんです。
これから手術室へ出棟します。
そして、手術をうけました。
手術は無事に終わり、術後はICUへ向かいます。
麻酔が徐々に覚めてきて、医師や看護師の声も聞こえてきました。
「それでは今晩は、ここで過ごしてもらいます」
「え?…パチンコ店内のように騒がしいな…。こんなうるさい環境で眠れるかな…」
はいっ、すこし極端だったかもしれませんが、
ICUで発生する騒音のピークは,パチンコ店内の騒音と同じ程度だと言われています。
- 睡眠に対して影響がでてくるの音の大きさは、30~40dB(デシベル)
- ICU内で生じる騒音のピーク時は80dB
になるという報告があります。
80dBってどのくらいうるさいかというと、
パチンコの店内やボーリング場と同じ程度の音の大きさになります。
そんな環境で眠れるのか?
ICUで眠ることはあきらめた方が良いのか?
できる援助について、一緒に考えていきましょう!
今回の記事の内容です!
- 重症患者の睡眠の特徴
- 鎮静=睡眠なのか?
- Richads Campbell 睡眠調査票を活用しよう
- 睡眠の援助方法
✅動画で学びたい方はこちら↓
それでは、はじめていきましょう!
重症患者の睡眠とは?
それでは、重症患者の睡眠の特徴からみていきましょう。
重症患者の睡眠の前に、
まず「睡眠の効果」について共有しておきましょう!
睡眠の効果
私たちはなぜ眠るのでしょうか?
睡眠には次のような効果があると言われています!
✅睡眠の効果
- 身体機能の回復
- 記憶の整理
- 認知機能の維持
- 免疫活性 etc
睡眠がとれないと、身体の回復や記憶の整理などに支障がでてくるんですね。
正常な成人の睡眠の特徴
つぎに「正常な成人の睡眠の特徴」をみていきます。
まずは、睡眠中の脳波をみてみましょう!
上にある脳波の説明です。
縦軸が「睡眠の深さ」で、上にいけば睡眠は浅く、覚醒していきます。下にいけば深い睡眠となります。
横軸は「時間の経過」をあらわしています。
黄色で囲った部分は「レム睡眠」、青色で囲ったところは「ノンレム睡眠」です。
ノンレム睡眠はN1,N2,N3と3段階に分けられ、数字が大きくなるにつれて睡眠が深くなります。
REM(レム)睡眠とNREM(ノンレム)睡眠
レム睡眠は「記憶の整理」「認知機能の維持」に関与しており、
ノンレム睡眠は「身体機能の回復」「免疫活性」に関与しています。
重症患者の睡眠の特徴
それでは、つぎに重症患者の睡眠の特徴をみていきます。
ICU患者の睡眠について、
以下の特徴があるとの報告があります。
Polysomnography in ICU patients is characterized by increased arousals and a predominance of stages N1 and N2, with a lack or absence of N3 and REM.
Sleep Deprivation in Critical Illness: Its Role in Physical and Psychological RecoveryCritically ill patients frequently experience poor sleep, characterized by frequent disruptions, loss of circadian rhythms, and a paucity of time spent in resto...
つまり!
重症患者の睡眠は
- N1,N2(浅い睡眠)が増加
- N3(深い睡眠)とレム睡眠が激減する
という特徴があるようです。
【重症患者の睡眠のイメージ】です。
N1、N2の割合が増加し、N3、レム睡眠の割合は激減します。
レム睡眠が激減するため「記憶の整理」「認知機能の維持」に支障が生じ、
N3(深い睡眠)も障害されているため、「身体機能の回復」「免疫活性」に対しても支障がでてくることが考えられます。
さらに睡眠が浅い(N1、N2の増加)ため、中途覚醒が増えてきます。
重症患者さんは、なかなか睡眠がとりにくい状態にあると思います。
そこで、こんなこと思いませんか?
眠りにくい状態なら、
「鎮静をかけて眠らせるのはどうだろうか?」
鎮静=睡眠?
そもそも、
鎮静をかけることは睡眠とイコールなのでしょうか?
ここからは、「鎮静=睡眠なのか?」ということをみていきたいと思います。
夜勤での申し送りの際、
「鎮静薬つかって今はよく眠っています」
という申し送りを受けた経験はないでしょうか?
施設によって様々だと思いますが、
不眠に対してデクスメデトミジン(プレセデックス)を使用しているICUは少なくないかなと思います。
そのような患者さんに
「昨夜は眠れましたかー?」と確認すると
「全然眠れてません」と返答されることが多々あります。
鎮静薬は睡眠を促す薬ではない
結論を言うと、鎮静薬は睡眠を促す薬ではありません
下の表をみて下さい!
薬物使用/医薬品 作用機序 睡眠への影響 鎮静 ベンゾジアゼピン GABA受容体アゴニスト ↑TST, ↓N3, ↓ REM デクスメデトミジン α2-アゴニスト ↑N3, ↓SL, ↓REM プロポフォール GABA受容体アゴニスト ↑TST, ↓SL, ↓W 鎮痛 オピオイド CNSオピオイド受容体アゴニスト ↓TST, ↓N3, ↓REM, ↑W 抗精神病薬 ハロペリドール ドーパミン受容体アンタゴニスト ↑TST, ↑N3, ↑SE, ↓SL, ↓W オランザピン 5HT2-、D2-受容体アンタゴニスト ↑TST, ↑N3, ↑SE, ↓SL, ↓W 心血 管 βブロッカー CNS β受容体アンタゴニスト ↑W、↓レム、悪夢 ドーパミン D2-, β1-, α1-受容体アゴニスト ↓N3、↓レム ノルエピネフリン/エピネフリン αおよびβ受容体アゴニスト ↓N3、↓レム フェニレフリン α1-受容体アゴニスト ↓N3、↓レム 他 コルチコステロイド メラトニンレベルを低下させます ↑W, ↓N3, ↓REM 略語: CNS, 中枢神経系;GABA、ガンマアミノ酪酸;N3、深波または徐波睡眠段階;レム, 急速な眼球運動睡眠;SE、睡眠効率;SL、睡眠待ち時間;TST、総睡眠時間;W、入眠後の覚醒
Sleep Deprivation in Critical Illness: Its Role in Physical and Psychological RecoveryCritically ill patients frequently experience poor sleep, characterized by frequent disruptions, loss of circadian rhythms, and a paucity of time spent in resto...
表の上3つは代表的な鎮静薬であるベンゾジアゼピン系(ミタゾラム)、プロポフォール、デクスメデトミジンです。
- ベンゾジアゼピン系はレム睡眠とN3の割合が減ります。
- デクスメデトミジンはN3の割合は増えますが,レム睡眠は減ります。
- プロポフォールは睡眠効率が下がります。(レム睡眠の割合が減るという研究報告もあります)
前述したように、睡眠の効果は以下の通りです。
鎮静薬を使うことで、「レム睡眠の割合減る→記憶の整理や認知機能の維持に支障をきたす、N3の割合が減る→身体機能の回復・免疫活性に支障をきたす」かもしれません。
鎮静薬を使うことで目を閉じて過ごす(眠っているようにみえる)ことはできるかもしれませんが、本来の睡眠の効果は得られません。
このことから、「鎮静=睡眠ではない」ということが分かると思います。
「眠れてないから鎮静をかけよう」ではなく、鎮静以外のアプローチ方法をまずは行うことが大切です。
Richards Campbell 睡眠調査票を活用しよう
つぎは,「Richards Campbell睡眠調査票」という睡眠評価を行うツールについてみていきます。
読み方は、「リチャードキャンベル」です。
施設によっては、Richards Campbell「睡眠質問票」やRichards Campbell「睡眠評価票」と名称がまちまちな印象ですが、
ここではPADISガイドライン日本語訳に記載されている「Richards Campbell睡眠調査票」で統一したいと思います。
ちなみにRC睡眠調査票、RCSQと略されていることもあります。
Richards Campbell睡眠調査票(訳注:原文はRichardの誤記)は,成人重症患者にとって,意識清明かつ見当識があれば,患者自身の睡眠に対する認識を評価する有効かつ信頼できるツールであることが証明されている
https://www.sccm.org/getattachment/Clinical-Resources/Guidelines/Guidelines/Guidelines-for-the-Prevention-and-Management-of-Pa/PADIS-Guidelines-Japanese-2019.pdf?lang=en-US
これがRichards Campbell睡眠調査票です。
5つの質問項目からなり、それぞれ0~100点のあいだで患者さんに評価をしてもらいます。
質問項目は、
- 睡眠の深さ
- 寝つくまでの時間
- 覚醒状況
- 再入眠の状況
- 睡眠の満足感
を評価します。
Richards Campbell睡眠調査票は、患者自身の睡眠に対する認識を評価する有効かつ信頼できるツールとガイドラインにも記載されています。
Richards Campbell睡眠調査票は睡眠ポリグラフ検査と相関している
Richards Campbell睡眠調査票は、
睡眠ポリグラフ検査と相関を示しています。
たとえば質問1の睡眠深度はN2,N3の割合と関連しています。
また、質問4の再入眠状況はAwake(覚醒)やN2、総睡眠時間も睡眠ポリグラフ検査の項目と相関しています。
※睡眠ポリグラフ検査とは?
典型的には、睡眠時における脳波、呼吸、脚の運動、あごの運動、眼球運動(レム睡眠とノンレム睡眠)、心電図、酸素飽和度、胸壁の運動、腹壁の運動などを記録するものであり、個々の検査記録はポリソムノグラム(英: polysomnogram)という。
Richards Campbell睡眠調査票の活用方法
では「Richards Campbell睡眠調査票」をどんなふうに活用するのか?みていきたいと思います。
例えば、術後1日目の患者さん。
Richards Campbell睡眠調査票のトータル点数が170点で全然ねむれてない状況だったとします。
「照明がまぶしくて、音がうるさい」とのことだったので、
アイマスクと耳栓をしてもらいました。
その後、Richards Campbell睡眠調査票の点数は、
術後2日目には320点、術後3日目には360点と上昇してきてました。
Richards Campbell睡眠調査票のトータルの点数が上がってきていることから、アイマスクと耳栓の導入は効果的だったんじゃないか?と考えることができると思います。
さらなる活用方法としては、下のイラストをみて下さい。
質問2の寝つくまでの時間の点数が低いとします。
その場合、患者さんが早く寝つけるように、医師と睡眠剤の投与時間の検討しても良いかもしれません。
このように、
それぞれの質問項目から原因を考え、
不眠に対しての介入をおこなっていきます。
睡眠の援助方法
最後の項目!
「睡眠の援助方法」についてみていきます。
不眠の原因は、薬の影響やホルモンバランスの影響、重症疾患の影響などありますが、その他にも様々な要因があります。
文字に起こすと、こんなにもたくさんの要因を列挙することができます。
この中で、「騒音と光」に対しての援助をみていきたいと思います。
騒音と光に対しての援助
冒頭でも紹介したように、
ICU内での騒音のピークはパチンコの店内の音と同じくらいとも言われています。
具体的にどのような音がしているのか?というと
医療者の話し声、輸液ポンプのアラーム音、モニターのアラーム、薬剤の開封の音など様々な音が生じています。
その中でも医療者の話し声は80dB、つまりパチンコの店内と同等の騒音レベルに達しているとの報告もあります。
対策としては、
騒音になっている「元の音を断つ」ことが必要だと思います。
「輸液ポンプのアラームに関しては、アラームが鳴る前に点滴を更新する」
「薬剤の開封は,患者さんから離れた場所で行う」
「医療者感での話は休憩室など離れた場所で行う」
「モニターのアラームは適切な範囲に設定する」
夜間に音がならないように対策することが大切です。
光と音への対策としては「アイマスク・耳栓」の活用は効果的かもしれません。
睡眠促進プロトコール
「睡眠促進プロトコール」を実施するのもよいかもしれません。
睡眠促進プロトコールとは、
「睡眠を阻害する様々な要因に対して多角的に介入する方法」です。
例えば
- 「環境因子」に対しては、夜間は部屋のドアを閉める、PHSの着信音は小さくする、アイマスクや耳栓を配布する。
- 「ケア関連因子」に対しては、夜間休むことができるように体位変換の間隔を調整する、消灯後の処置は極力避けるように医師と協議しておく。
上記のように、
夜間に患者さんが入眠できるように部署内でプロトコール化しておくことは効果的かもしれません。
「なぜ眠れていないのか?」
その要因を考え、改善するための介入することが一番大切かなーと思います。
✅参考文献
PADIS-Guidelines-Japanese-2019.pdf (sccm.org)
コメント